丹沢の山深いところに、周りの景色には似合わないほど立派なトンネルがある。神奈川県の西部には、南北を貫く道路がない。交通の空白地帯を埋めるべく、今から半世紀前の1970年に建設されたのが、この犬越路隧道である。
『神奈川の林政史』(神奈川県農政部林務課、1985、pp232-233)によれば、「今後の交通量の増加に対しても改築の必要がないように2車線、幅員は6.2mで計画した。」とある。延長は794mで、北の津久井郡側を上方とし 1%直線縦断勾配の構造になっている。南の山北町側から見た冒頭の写真は、上り勾配で出口を仰ぎ見ていることになる。
さて、今回の探索の経路だ。ただ林道のトンネルを見てくるだけではつまらない。この付近の登山道には少し増水しただけで徒渉を余儀なくされる地点が多い。そのような状況を回避するためにも、この林道経由のルートは有効であると考えた。スタートは登山道の犬越路である。ここには避難小屋もあり、登山のコースとしてはちょっとした要衝だ。
経路の地図を作成してみた。東海自然歩道の一部でもあり、「正式な」登山道である用木沢出合から犬越路に至る経路には徒渉ポイントが多数ある。木橋は架けられているが、雨上がりにはしばしば流されてしまい、通行が難しくなる。犬越路隧道は「トンネル見物」に限らず、檜洞丸や大室山に登山した帰りに、エスケープルートとして活用することも可能なのである。
所要時間は登山道経由と比べて短縮にはならない。この日は檜洞丸・犬越路の稜線分岐から、西丹沢ビジターセンターに近い林道分岐まで、2時間10分を要した。時間の短縮にはならないが、危なっかしい沢伝いの登山道を歩くのが憚られるときには、十分役に立つルートであろう。
では、登山道の犬越路から、本日は登らない小コウゲ・檜洞丸の方向に歩き始めてみよう。
10分前後、丹沢らしい景色の登山道を歩いていく。北側には派手に崩壊しているところもある。
核心となるのはここ、「犬越路0.5km、檜洞丸3.2km」の指導標があるポイントだ。
なんか、下に転がっているね。なんだ。行けるんじゃないか。
あっちの方向に、尾根を忠実になぞっていくだけ。
最初は絵になる広葉樹林。
稜線の登山道を見上げる。
傾斜は急だが踏み跡はしっかり。危なっかしいところにはロープも設置されている。どうやらこの道、山の仕事の人も使っている気配がある。登山道としては案内されていないが、整いすぎている。
尾根伝いに、ぐんぐん高度を下げていく。マーキングもそこかしこにある。
ここに下降する。一応、神の川林道だ。
ここ、下側にも指導標が打ち捨てられている。なんでだろう?十分使える経路なのに。
神の川林道を歩いて、犬越路トンネルに向かう。いい道だ。
堰堤を渡る地点が一カ所あり、ここだけは慎重に。
犬越路隧道北口までは、下降したポイントから10分程度。
さあ。トンネルを歩いて。
路面には距離が書かれている。
スタコラサッサと。直線トンネルなので日中なら光が届くが、ヘッドライトは用意しておくべきだ。
漏水しているところもあるが、定期的に点検されている模様だ。
そろそろ出口。トンネル全体のコンディションはいい。
崩れていますね。
この写真だけは2019年秋、南側出口の様子。犬越路峠からこのトンネルまで通行は可能。
南側坑口の記念碑は、もともとトンネルに向かって右側、崩れてしまっているところにあったという。掘り出されて、今は左側に。よく見ると「傷だらけ」だ。
トンネルの南側、足柄上郡山北町のエリアも津久井署の管轄なのが意外だった。トンネル北側、津久井所管轄の側の林道はコンディションが悪いという話だが、どうやって出動するのだろう。
西丹沢ビジターセンターのほうに向かい、整備された林道を下っていく。
こういうのはご愛敬。石はしょっちゅう落ちてきているらしい。
なんだかんだで、使われてはいる。
いよいよ、西丹沢ビジターセンター近く、白石林道との合流地点。
終点。
『神奈川の林政史』(神奈川県農政部林務課、1985、p233)によれば、「このようにして貫通した犬越路隧道は、時あたかもいざなぎ景気と言われた高度経済成長期に実施され、今や県の北西部の山間地を貫く重要な路線として地域の産業経済の発展に多大な貢献をしている。」とある。今でも林業や、山岳救助には十分使われているようだ。
しかし、こんにちそれらをのぞくと、私のような「物好き」ぐらいしか通行しない。林道にはゲートが設置されていて、車両の乗り入れはできなくなった。
それでも、この林道や隧道建設が無駄だったのかと問われると、まだ結論は出せない。木を植えてから伐採して活用するまでには、半世紀サイクルの時間を要するからだ。